バックグランド

人生初のブリージングワーク

2013年の年末、私は都内でブリージングワークを受けました。そのワークは2日連続で行われ、何回もワークが繰り返されました。

その呼吸法はなかなかハードでした。私は今まで、こんなにも”呼吸を意識した呼吸”をやり続けた経験がなく、初めの1日は雑念ばかりが頭の中に渦巻いていました。

う〜む、私はこんなに苦しい思いをするためにわざわざ東京にまで出てきたのか、、、

そんな思いすら湧き上がっていました。(瑠璃の呼吸は、方法を変えてあるので苦しくありません)

それでも1日目の終わりの頃には、雑念もほぼ消えており僅かですが何か感触は感じていました。

そして2日目の最後のワークに、それは起きたのです。

地球との共鳴

最後のワークの時、今までは身体が部分的に痺れていましたが、この時は全身が痺れだしました。

(この痺れは、空気が体内にたくさん入る事により生じる現象で、問題はありません)

おーっ!!すげー全身が痺れてるー!!と感じながら、呼吸を続けていると、今度は、痺れが振動に変わっていったのです。

次の瞬間、私は内側の宇宙にいました。

そこには地球がいました。

地球も同じ周波数で振動していました。

私は地球の周波数と同調したのです。

地球は生きていました。

とても美しい姿でした。

地球からの慈愛のエネルギーを全身で感じました。

地球も呼吸をしていました。

地球の呼吸と私の呼吸が合わさり一体となりました。

そして地球がテレパシーで語りかけてきました。

地球からのメッセージを受け取り、ワークが終了しました。

この出来事は、7年経った今でも鮮明に覚えています。

地球からのメッセージ

その後、私は地球からのメッセージの元、セラピー活動を続けていきました。

そもそも、私は東京で受けたブリージングのトレーナーになる予定でしたが、トレーナー養成コースが諸事情により中止になってしまったので、その時の呼吸法を使い、ブリージングワークを提供していきました。

そのワークは、ある程度は効果はあったのですが、私のガイドしたいところまではなかなか導けませんでした。

5年間ほど、他のセラピーと合わせて活動してきましたが、限界を感じ全て辞めてしまおうと思いました。

次へのインスピレーション

残りのワークがまだ続いていたので、それが終わったら全てのセラピーワークを辞めようとしていました。

その最中、次へのインスピレーションが湧いてきたのです。

クライアントの方々の多くは、このブリージングを苦しいという。ならば、この前段階の呼吸法を作ってはどうか。

それでできたのが、”瑠璃の呼吸・其の一” ”二段階の呼吸”です。

今まで、私は多くの方の呼吸を観てきました。私は整体師でもあるので、そちらのクライアントの方の呼吸まで。

すると、弱い胸式の呼吸が圧倒的に多かったのです。

このような呼吸を日々している方が、いきなり腹式のハードな呼吸をする事に無理があった事に気づきました。ですから、先ずは、吸気を二段階に分け横隔膜の使い方を覚えていくための”二段階の呼吸”が、必要だったのです。

これで入り口は完成しました。

まだ何かが足りない。

私は、あの日自分に起きた体験をゆっくりと再検証していきました。

そうだ、あの周波数だ!!

私が地球と同調したあの周波数。この周波数でブリージングワークの空間を振動させたらいい!!

ムムム、、、それは素晴らしいアイデアだが、ではあの周波数は何ヘルツなんだ???

そこから、周波数について調べてみました。おおよその当たりをつけましたが、まだ一歩を踏み切れません。私は、問いの答えを受け取るために、そのことを考えない”熟成期間”を儲ける癖があります。”熟成期間”というと聞こえはいいですが、要は、ほっておいたのです。

すると、答えは突然やってきました。

瑠璃呼吸法の誕生

ある早朝の4時頃だったでしょうか、熟睡していたのですが、スーッと意識が戻り始め、頭の中に周波数が数字で飛び込んできたのです。

と同時に、私は飛び起きました。

普段は夢を見てもメモらない私ですが、この時ばかりは忘れてはいけないと思い、直ぐに紙にメモリました。

それから私は、その周波数を出す機器とスピーカーを購入し、二段階の呼吸と合わせて今までのクライアントの方々に試させてもらいました。

その結果は、今後の可能性を見出すには申し分のないものでした。

今まで何回か投げ出しそうになったブリージングワークですが、私は今確信を持って、このサイトを作成しております。

 

これから先の未来を夢見ながら。