コンセプト

呼吸を通して伝えたい

ここで提供しているワークは、セラピーや商業スピリチュアルではありません、エクササイズです。

最近、セラピーや商業スピリチュアルジプシーが増えています。ということは、本人達は解決できていないから次、また次を探しているのです。そこには、”直ぐに本当のあなたへ”とか”伝授を受けると第三の目が開く”とか、こそばゆい謳い文句が並んでいます。こういった事に惑わされないでください。

本当のあなたに辿り着き、心が解放されるのは、安易ではないことを知ってください。この道にドラえもんはいません。あなたがあなた自身の足で一歩一歩進むのです。私は、剛柔流空手を学んでいます。まだ白帯ですが。ここには70歳の師匠がいます。私は、この70歳の方に勝てる気がしませんでした。それだけ師匠の積み上げてきた事が大きいのです。”突きを突いてはいけない、結果突いているのだ”??????武道を知らなかった私は、思いっきり前へのベクトルで突きを繰り出します。師匠の突きは、この筋肉頼りの突きとは、全く違うのです。剛柔流には独特の”カキエ”という稽古があります。この稽古でも”技を掛けてはいけない、結果掛かっているのだ”??????そして70歳の師匠は、カキエの最中大きな岩のようにビクともしないのです。70歳ですよ!!!師匠は、私の知らない身体を使う感覚を習得しているのです。私はそれを習得したくて、コツコツ習っています。

話を戻します。ブリージングワークは正にこれなのです。

”本当の自分に還る””心の解放”それには”思考意識”から”松果体意識”へ切り替える事が必要になります。それは”第三の眼”を使う”松果体意識”で観て生きるから起きるのです。そしてこの感覚は、肉体を持っている方誰もが持つ機能なのです。私が、同じ肉体を持つ師匠のような身体の使い方がまだできないのと同じで、コツを掴み習得すれば誰もが使える様になるのです。その”松果体意識”への切り替える感覚を伝えようとしているのが、”瑠璃の呼吸”なのです。

先ほど、”安易な道ではない”と伝えたのは、コツコツと自分で積み上げて習得していく必要があるからなのです。

エクササイズとして伝えたい

このブリージングで必ず”癒し”に到達します。これは、今までのクライアントの方々が体感しています。ただし、ここに到達するには、目的を持ちコツコツ本人がやらなければいけません。ワーク1回目からでも、体が楽になったり、感情の解放が起きたり、いろいろな事は起きます。が、日常での時間の方が圧倒的に長いわけですから、日常でどう自分の呼吸を意識し、向き合うかが重要になってきます。

ですから、癒しセラピーではなくエクササイズとして提案したいのです。

”第三の眼の覚醒”だとか”第7チャクラを開く”とか聞くと、それはとても特別なことで、”私なんかには無理”と思ってしまうこともあったと思いますが、それを”肉体の持つ機能の一つで誰もが使える能力である”と書き換えてください。あと、”第三の眼の覚醒”が起こると、”すごい超能力が使える様になる”と言われたりしています。この言葉にも惑わされないでください。本来の”第三の眼、松果体意識”はそういったことではないのです。私たちは超能力を使える様な超人になるために生まれてきたわけではありません。”生まれてきたことの意味を知り、本来の自分で幸せに豊かに生きる”それを私たちは実践するべきためにここにいるのです。そのために、思考意識から松果体意識への切り替えが必要なのです。

”瑠璃の呼吸”では、”松果体意識”までの目標を持たなくても大丈夫です。横隔膜の理想的な使い方を身につけるだけでも、あなたは大きく変わり始めます。ご自身の必要とするところまででいいのです。ですから気楽に始めてください。

呼吸こそスピリチュアル

私たちは空気というとても大切な存在を、日々忘れて過ごしています。1日二万回以上呼吸しているのに。

私たちは、海の中の生物を”海”という物質の中に生きていると認識しています。それと同じで、私たちは空気の中で生きているのです。生かされているといったほうが正解ですが。この空気というエネルギーの中で私たちは日々呼吸をしている(させて頂いている)事実を再認識し、その価値を理解する事で、この空気のエネルギーがあなたの体内で本領を発揮し始めるのです。それこそあなたのスピリチュアル(霊性)の幕開けなのです。

私は幼少の頃、とても酷い喘息を患っていました。それは本当にひどくて、それでも親に学校に行かされて(親は私に強い子になって欲しかったのでしょう)、私の症状を見た近所のおばさんが自分の家に私を招き休ませてほどでした。夜によく発作が起き、気道が極細になってしまうので、息が吸えず、吐けず、寝れずの正に生き地獄でした。(母は夜中に僕のために色々やってくれていました。きっと息子の苦しむ姿を見ることが母もとても苦しかったと思います)昼間の元気な時に10mダッシュしても発作が始まるくらいでした。それが小学校の中年生を過ぎたあたりから回数が減り、中学生では起きなっていきました。そんな辛い経験があるので、今呼吸が普通にできている事がとても幸せに感じています。

そして、何の因果かこれから呼吸の素晴らしさを伝えようとしています。

人生に無駄はありません。過去を財産に変えるために、私たちは”思考で過去を判断”するのではなく、松果体意識で過去を捉えていくべきだと思います。そしてその先に解放の扉が開いて待っているのです。

 

それでは、瑠璃の呼吸でお会いしましょう。